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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)11639号 判決 1982年2月08日

原告 芙蓉産業株式会社

被告 山口磯吉 ほか三名

被告補助参加人 国

代理人 北川博司 岩谷久明 ほか六名

主文

一  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告山口磯吉は、原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明渡せ。

2  被告中沢俊彦、同浅野三喜男及び同西本久美子は、原告に対し、それぞれ、別紙物件目録(二)記載の建物から退去して同目録(一)記載の土地を明渡せ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告山口)

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  別紙物件目録(一)記載の土地(ただし、この土地は、もと東京都板橋区志村中台町弐弐参六番田弐〇歩及び同町弐弐参七番田弐七歩の二筆の土地であつたところ、昭和二六年一一月七日地目がいずれも畑に変更され、昭和二九年には土地区画整理法にもとづく換地処分により東京都板橋区蓮根参丁目参番弐〇畑壱畝五歩(壱壱五平方メートル)となり、その後昭和四一年五月一日町名変更により現在の表示となつたものである。しかし、以下では右換地処分の前後を問わず本件土地ということにする。)は、もと松谷元三(以下、単に元三という。)の所有であつた。

(二)  元三は、昭和四二年七月二九日死亡し、同人の子である松谷元樹(以下単に元樹という。)が同人を相続し、昭和四九年六月二一日付をもつて本件土地につき相続による元樹への所有権移転登記がなされた。

(三)  元樹は、昭和四九年六月二六日有限会社三義商事から一五〇万円を借り受け、その債務を担保するため本件土地に抵当権を設定し、同年七月四日にその登記がなされた。その後昭和四九年八月五日に有限会社三義商事から右抵当権実行による競売申立がなされ(同庁昭和四九年(ケ)第四九〇号不動産競売申立事件)、同月付競売開始決定により同月六日競売申立記入の登記がなされた。原告は右競売事件において昭和五二年一一月二一日に本件土地の競落許可決定を得て代金を納付し、本件土地の所有権を取得した。

2  国が、自作農創設特別措置法に基づく買収処分により昭和二三年一〇月二日に元三から本件土地の所有権を取得し、同二六年一一月九日に自作農創設特別措置登記令(以下自創登記令という。)に基づく東京都知事からの右買収処分を原因とする本件土地所有権取得登記の嘱託書が東京法務局板橋出張所の登記官によつて受理され、嘱託書に順位番号六番と記入された上土地買収登記嘱託書綴込帳に編綴されたことにより本件土地の買収処分の登記があつたものとみなされ(自創登記令一〇条)、さらに自創登記令施行細則に基づき本件土地の登記用紙中表題部欄外に自創法による買収処分があつた旨並びに嘱託書綴込帳の冊数及び丁数が表示されたこと、は原告もこれを認める。

しかし、右の買収処分による国の所有権取得は、これをもつて原告に対抗することができず、原告は前記競落により本件土地の所有権を取得したというべきである。その理由は次のとおりである。

(一) 本件土地は前述のとおり区画整理の対象となつていたが、土地区画整理法による本件土地についての換地処分に基づき、昭和二九年一〇月七日、本件土地登記簿表題部表示欄三番に右換地処分の登記がなされたに伴い、従前の他の一筆(弐弐参七番)の土地登記簿上の所有関係を本件土地登記簿甲区欄に記載するにあたり、登記官は、自創登記令一二条にもとづき、本件買収処分による取得登記を甲区六番として記載したうえ、順位七番として右弐弐参七番の土地の登記事項は、順位六番と同一である旨記載すべきであつたのに、これを看過し、順位六番として、右弐弐参七番の土地の登記事項は、順位五番(所有名義人元三。以下、五番元三登記という。)と同一である旨記載した(この登記を、以下、六番元三登記という。)。

(二) その後、粗悪用紙の移記に着手した際、昭和三九年政令第九六号附則第三項及び同年法務省令四八号附則第二条第一項に基づき、単一の所有権登記を記載するにあたり、五番及び六番元三の登記にしたがつて順位七番として元三名義の単一の所有権登記を記載しその後右順位七番の登記を誤記として朱抹したもののそのときも本件買収処分による取得を登記せず、順位六番元三登記をそのままにした。

(三) 昭和四二年一〇月三日、法務大臣の命による移記(表題部再使用)がなされたが、登記官はその際も順位六番元三登記が誤つていることを看過して、新用紙順位一番に順位五番の元三登記を移記した。

(四) 昭和四四年五月一二日、登記官は前記(三)の移記の誤りに気付き、右新用紙順位一番の登記を移記錯誤により職権で抹消したうえ、新用紙を閉鎖し、本用紙の閉鎖を解除したにもかかわらず、順位八番で、六番の元三登記について、順位を七番に、登記事項中「五番と同一」とある部分を「六番と同一」に職権で更正したにとどまり、前記の自創登記令一二条による買収処分による所有権取得登記の記載をしなかつた。

(五) その結果、登記官は、昭和四九年六月二一日、本件六番登記事項の存在を看過して、元樹の相続登記申請に基づき順位九番に昭和四二年七月二九日相続を原因とする元三から元樹への所有権移転登記(以下本件相続登記という。)をし、さらにその後元樹の所有権を前提として乙区の抵当権設定登記や甲区の競売申立記入の登記をした。

(六) 原告は、本件土地の登記簿上本件相続登記が存在し、元樹が所有権者とされていたので、これを信頼して前記のとおり競買申出をして競落人となつたもので、国はその機関たる登記官の過失に基づくにせよ何度も機会がありながら自からの所有権取得をしなかつたばかりか、その後は外観上元樹の相続があつたごとき登記を作出させたもので、これは国の意思に基づくといえるし、原告がこれを信頼したことに過失はないから、民法第九四条二項、第一一〇条の法意からいつて、国は原告に対し本件相続登記の無効を主張することができず、ひいて国は本件土地の所有権取得、したがつてこれによる元三の所有権喪失を主張し、また原告の所有権取得を否定することはできないものというべきである。

3  被告山口磯吉(以下、被告山口という。)は、本件土地上に別紙物件目録(二)記載の建物(以下、本件建物という。)を所有して本件土地を占有している。

4  被告中澤俊彦(以下、被告中澤という。)、同浅野三喜男(以下、被告浅野という。)及び同西本久美子(以下、被告西本という。)は、本件建物に居住して本件土地を占有している。

5  よつて、原告は、所有権にもとづき、被告山口に対し、本件建物を収去して本件土地を明渡すことを、被告中澤、同浅野及び同西本に対し、本件建物から退去して本件土地を明渡すことをそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告山口及び補助参加人

請求原因1(一)、(二)の事実、2冒頭の事実(ただし以下を除く。)(一)ないし(五)の事実、3の事実を認め、原告が民法第九四条二項、一一〇条の法意により所有権取得を主張できるとの主張を争う(なお、補助参加人国は、この点につき、国が本件相続登記につき、元樹との間で仮装の登記を行うことの合意したとか、これを容認して放置するとかの事実は全くないから、右の法理が適用される余地はないと述べた。)。

2  その余の被告

請求原因4の事実を否認する。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因1(一)、(二)の事実は被告山口との間で争いなく、その余の被告もこれを明らかに争わないと認められるから、これを自白したものとみなされる。そして、請求原因2の冒頭の事実及び(一)ないし(五)の各事実(国の農地買収処分とその後の登記簿上の登記の経緯)についても被告山口(及び補助参加人)との間で争いなく、その余の被告もこの点は明らかに争わないものと認められるからこれを自白したものとみなされる。

二  原告は、民法九四条二項ないし同法一一〇条の法意による所有権取得を主張するのでここで判断する。

不動産登記は公信力を有しないが、実体関係に合致しない登記がなされている場合、その登記がなされ、又はこれが存続することが当該不動産の実体上の権利者(多くの場合所有権者)の意思に淵源を有すると認められるときは、民法九四条二項を類推適用し、当該権利者は右登記を信頼してその不動産につき取引関係をもつ等法律上直接の利害関係を有するに至つた第三者に対しては右登記の無効を主張することができず、その第三者は登記された権利の外観を前提として権利を取得することができるものと解するのが相当である。しかし、結論を先に示せば、本件において、松谷元樹の相続による所有権取得登記及びその存続が実体上の所有権者である国の意思に淵源を有するものと認めることはできず、原告の主張は結局理由がない。以下にその理由を述べる。

先に判示したように民法九四条二項を類推適用して登記による外観を信頼した第三者を保護すべきものとするのは、一方において第三者の善意を要件とすると共に、他方において当該登記が実体上の真の権利者の意思に淵源することを要件とする。そして、後者の要件は、ここに権利者の処分意思の外観と等価の評価を与えようとするものであつて、右の解釈の要点といえる(この要件を除外すれば、登記に公信力を認めるのと変りなくなることを考えよ。)。

本件において、登記簿上の登記の経緯、ことに松谷元樹への相続による所有権移転登記が国の機関である登記官によつてなされたこと(それが過誤によるものであれ)は被告(及び補助参加人)も争わないところである。しかし、登記官は不動産登記法による登記事務を管掌するに止まり、国の財産処分についてはなんらの権限を有するものではないから(国有財産法によれば、国有財産の管理処分は大蔵大臣の総轄するところであり、場合によつては他の省庁の長がその管理処分権限を分掌することがあり本件土地については争いない事実から農林大臣がその管理処分権限を有するものであつたことが認められる。法務大臣が本件土地の管理処分権限を有したと考えるべき何らの証拠もないし、仮に法務大臣の管理処分権限の下にあつたとしても、登記官がその権限行使を委ねられる根拠はない。)、たまたま登記官が国の機関であるからといつて、登記官が国の所有権取得登記を記載せず、松谷元樹の所有権取得登記を登記簿に記載したこと等を把えて本件土地の権利者である国の処分意思の現われであるとみる余地はない。一般に、権利者の意思とかかわりなく、登記官の過誤によつて登記簿上実体と異る登記がなされ、権利の外観が作出された場合でも、この外観に対する信頼を民法九四条二項の法意によつて保護し得る根拠のないことは異論のないところであろう(実体上の権利者の利益が一方的に犠牲にされる根拠はない。)。このことは、国が権利者である場合も同様である。国の場合、登記官がたまたま国の機関であるからといつて、登記官の行為に処分意思を認めることは論理の飛躍である。登記官はあくまでも登記事務という一の公証事務を分掌するにすぎない。国の財産につき処分権限を有する機関の行為(たとえば、国を代表しての合意とか、登記嘱託行為など)にこそ民法第九四条二項の類推適用の法理が適用されるべきである。原告の主張は採ることができない。

三  以上のとおりであるから、元三は買収処分により所有権を喪失したものというべく、元樹、ひいては原告が本件土地の所有権を取得するいわれはないから、原告主張のその余の点を判断するまでもなく、原告の請求は理由がないものとしてこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 上谷清 生田治郎 倉沢千巖)

物件目録 <略>

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